Artist's commentary
じゃんげま オニセンと酔い子作りックス
レトロゲーが好きで伊戸と一緒に先生の家に行ってから、ちょくちょく一人でも顔を出すことが増えたのが1年前。
オニセンなんて呼ばれるくらいの授業中の鬼っぷりからは想像もつかないような、少し口下手だけど気遣いの出来る優しい人で。
いつの頃からか、ただ先生に会いたくて遊びに行っている気がする。
一回りも年下の僕がこの気持ちを伝えた時、先生はどんな顔をするんだろうか。
そんな伝えられない想いを抱えたまま、先生とのレトロゲーム仲間の関係は続いていた。
「新しくひとつ手に入れたの」
授業後に先生からこっそりとそう聞いて顔を出したのだけれど(まさかゲーセンの筐体だとは思わなかったけど)、夢中になっていたら随分と遅くなってしまった。
「あとで送るから、食事だけ取っていくと良いわ」とキッチンに向かう先生にお礼を言うと、心の中で「先生の手料理だ」とガッツポーズを決める。
「…。」
先生の小さな背中に目をやる、手慣れた様子で料理をこなしているのがとても様になっている。
もし先生に想いを伝えれば、こう言った事も壊れてなくなってしまうんだろうか。
きっと、迷惑になってしまうだろう。
言ってはいけない、そう思っては揺れ動く自分が情けなかった。
べう!
独特の鳴き声で、先生の飼い犬がじゃれついてくる。
「わっ!ダイア、急にお前…ッ」
ゲームをしている間は大人しいのだけど、終わった途端に「次は自分だ」と小型犬特有のせわしなさで飛び込んでくる。
「ははっ、お利口にしないとこうだぞ!」とお腹をくすぐる。
心底嬉しそうにはしゃぐダイアを撫でながら、ぽつりと
「お前はずっとここにいられて幸せだなあ…」
そんな言葉が出る。
ダイアはべう?と首を傾げ、鼻の頭を舐めている。
「でも犬じゃゲームは出来ないわね。」
「!?せ、先生ッ」
「食事、出来たわよ。」
ダイアの相手をしているうちに食事の準備が整ったようだった。
(今の、聞かれたのか…)
聞かれるとマズイ言葉だけに焦る。
「ゲームは楽しいものだけど、四六時中やらせる訳にはいかないわね。英語の成績を落としなんてしたらお仕置きよ」
少し意地悪な顔で先生はそう言う。
「は、はは…」
先生は勘違いしてくれたようで、心の中で汗を拭う。
「さ、こっちよ、あまり大したものではないけれど、どうぞ。」
簡単ではあるけど、とても綺麗に盛り付けられている。
先生の席に目をやると、側にお酒が置かれていた。
てっきり車で送ってくれるものだと思っていたので驚いたけど、一緒に歩いて話ができるならそのほうが長い時間一緒にいられるなと、打算的な気持ちであえて黙る。
「ほらダイア、ご飯よ」
そう言って飼い犬に微笑む先生は本当に優しげで、魅力的だった。
「ごめんなさい、生徒の前でお酒なんて良くないとは思ったのだけれど」
「いえ、ここは先生の家ですし、邪魔してしまってすみません。」
「いいのよ。これね、少し強いお酒なんだけどとても美味しいのよ。あなたも成人したら飲んでみると良いわ。」
「今…はダメなのではい、成人したら…」
お酒に手を伸ばしかけた時の厳しい視線に苦笑いしながら食事に手を付ける。
野菜中心で、薄味だけど旨味を効かせて満足感を上げている、そんな感じだった。
食べる人の事を考えたような、優しい料理。
「…あなたくらいの歳の子には物足りないかもしれないわね」
「いえ、すごく美味しいです。先生っぽいです。」
「先生っぽい、褒めているのかどうなのかわからないわよ」
先生は楽しそうに小さく笑う。
―――――――――。
「あぁ、お腹いっぱいです、ご馳走様でした。」
「気に入ってもらえてよかったわ、どういたしまして」
そう言って先生はお酒を口にする、随分飲んでいるみたいだ。
「まだダイアも食べている途中だから、少しこのまま話してましょうか。」
「はい、良いですよ。」
今日は結構長く一緒にいられるなと思いながら、笑顔を返す。
「…おかしな子ね、前から思っていたけど、私みたいな無愛想な先生に懐いてくれるなんて。」
酔っているからか普段はあまり言わない事を話す先生に「そんな、先生は楽しい人です!」思わずそう食い気味に言う。
「あら…、嬉しいわ。ありがとう」
少し照れくさそうに笑う先生がとても可愛い。
「…。」
あれだけ遊んだ上に酔って疲れたのか、先生はいつもより口少ない。
「…あの。」
「…少しだけ、良いかしら。」
突然、先生がそう切り出す。
「独り言だと思って聞いてもらえばいいから、少しだけ、ね。」
「はい、わかりました。…?」
いつもと違う空気に少し緊張する。
目を閉じて深呼吸した先生は語り出した。
「実はね、親が見合いをしろって言ってくるの、私も良い歳なものだから」
「お見合い…。」
突然の言葉に胸が締め付けられた、どう言えばいいのか、顔に出ないようにすることだけで精一杯だった。
先生は続ける。
「そう。親を心配させてばかりだから、安心させてあげたいなとは私も思うのだけど。」
「私はあまりそういうことには興味がなかったし、私はこういう感じなものだから」
「親を安心させるには見合いは受けるべきかしらと、そう思ったの。」
本当に独り言のように、早口で話す先生は、何か大事なことをあえて避けて話しているように思えた。
「…先生…」
どう声をかければ良いのかがわからず、ただ呼びかけるだけになってしまった。
「私が見合いを受ければ、先生をやめることになるかもしれないし、少なくともここからは離れることになると思うわ。」
辛そうにそう話す。
その表情に胸が締め付けられる。
「でもね、私は、ここが好き。」
優しい笑顔に戻った先生が続ける。
「じょ…伊戸さんやあなたみたいな、慕ってくれる生徒達が遊びに来てくれて、楽しそうに話すの。学校で見せるものとはまた違う表情で、話してくれるのが好きなのよ。」
「先生…。」
「でもね、1人の子が先生としてでなくて、異性として見ていることに気がついたの。」
ドキッとした。
これが自分の事であるなら、というかそうでしかない。
隠そうとしてきたことを、先生の方から話している。
「あ…。」
このまま、この関係は崩れてしまうのだろうか。
「私は先生だから、その子の気持ちに応えるのは許されることじゃない。でもね」
気まずそうに、でもしっかりと目を見て先生は続ける。
「私は、嫌じゃないの。多分、私、も…」
先生は、僕の反応を待っているようだった。
僕はただ突然の言葉に驚きや困惑、何より嬉しさが混ざった表情で。
「…先、生…」
「…。」
「その子は、本当に先生の事が大好きなんだと思います、1人の女性として。」
「お見合いも、してほしくないと思っていると思います。」
勇気を出して、そう告げる。
「そう…、あなたがそう言うなら、そうなのかもしれないわね。」
先生は、優しく微笑むとそう言った。
――。
「…随分、遅くなってしまったわね。」
「あ…。」
確認すると、時計は22時を指している。
一呼吸置いて、先生は続けた。
「今日は、泊まっていくかしら?」
紅潮した先生の顔は、お酒のせいだけではないと思わっふるわっふるうううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!